アーサー・C・クラークの『幼年期の終わり(原題「Childhood's End」)』を読んでみました。
『幼年期の終わり』の文庫本には、1960年代発行のハヤカワ文庫版と、2007年発行の光文社古典新訳文庫版があり、翻訳者も違います。そして実は、冒頭の第1章が(クラーク本人の書き直しにより)違っているのだそうです。ハヤカワ文庫は米ソ冷戦時代(1970年代)、光文社文庫はちょうど今ごろの時代(21世紀初頭)が物語の出発点になっているそうな。
私は今回、光文社のほうを買って読んでみました。本の端を裁断したばかりの新品ほやほやな雰囲気。比較したわけではありませんが、こだわりがなければこっちのほうが読みやすいんじゃないかと思われます。ハヤカワ文庫版も手に入りやすいですけどね。
さて、『幼年期の終わり』の内容を、なるべくネタバレを避けて紹介しますと。
人類初の有人火星探査ミッションが開始されようとしていたまさにそのとき、巨大な飛行物体が地球にやってきた。その静かな力に圧倒された地球は「オーヴァーロード(最高君主)」と呼ばれる宇宙人によって穏やかに支配され、劇的にではないが着実に平和で住みやすい世界に変わってゆく。
オーヴァーロードは当初、地球支配の目的を明かすことはおろか、その姿を見せることもなかった。しかし人類の心の準備も整ったとみて、50年後にはじめて地球人の前に姿を現す。オーヴァーロードの使命は、彼らのさらに上位にある存在「オーヴァーマインド」の命令に従い、地球を保護し、地球人をその先へと正しく導くことだった。やがて地球人の「ブレイクスルー」が始まるが……。
作中でかなりの年月が経過するため、人間側の主人公は変わっていくので、オーヴァーロード側からのほうが全体像をつかみやすい感じです。
オーヴァーロードたちは理想的な支配者として、子供のけんかを仲裁するように人類から核兵器を取り上げてみんな仲良く暮らせるようにします。
しかし彼らの使命は、地球人が核兵器で滅ぶのを阻止することではありませんでした。地球を滅ぼすだけでなく、地球以外の生命体にも少なからぬ被害を及ぼす脅威が別に存在し、彼らが介入しなければ地球人類は間違いなく無自覚のうちにそこへ突き進む運命にあったのだ、ということが終盤になって明かされます。
そしてオーヴァーロードの導きにより地球人類は変革します……もっとも、変革できたのは全員ではなく、またそれは個人の資質や努力によるものでもありませんでしたが。
また、オーヴァーロードたちも自分たちが変革したいと望んでいる、けれどそれができないため、地球人のことが本当はうらやましいのだ……ということも明らかにされます。
ともかく、ちょっと難しくて説明しがたいのですが、「地球人類は変革を果たして平和に暮らせるようになりました、めでたしめでたし!」という内容ではなかったのです。読みやすいんですけど、深すぎて私などには容易に読み解けない……。
あとがきの解説によれば、「欧米では西欧的進化論にもとづく人類超進化小説、いっぽう日本では敗戦体験にもとづく人類家畜化小説として読まれてきた」、解釈に文化的差異をはらむ作品であるのだそうです。
つまり、「人類が家畜のように管理されることで実現する真の平和」を否定しようとする傾向が日本人にはあるということでしょうか……。
でも決して、読まなきゃよかったとは思ってません。何度か読み返せば何か見えてくるものがあるかもしれませんし、いろいろ考察する材料にしていきたいと思います。クラークのほかの作品も読もう……。